もくじ
仕組債とは何か
仕組債とは,スワップ取引やオプション取引などのデリバティブ(=金融派生商品)を組み込むことによって,一般の債券とは異なったキャッシュフロー(利金,償還金)を実現した,いわゆる『デリバティブ内蔵債券』のことをいいます。要するに,デリバティブ取引が債券という「箱」の中に入れられたイメージです(日本証券業協会のホームページでは,「仕組債=債券+デリバティブ」と表現されています。)。
これまで,社債などの債券は,資金調達目的で発行されました。しかし,仕組債は,資金調達目的ではなく,投資対象とするためだけに発行されています。この意味で,仕組債は,債券でありながら異質の存在と言えます。仕組債については,裁判例においても,「社債という名称は付されていても,一般的な社債とは全く異質である」,「株式や投資信託との類似性もない,新規性・独自性の顕著な金融商品であ(る)」と評価されています(東京高裁平成23年10月19日判決)。
仕組債の歴史
仕組債は,1990年代,米国の金融機関においてロケットサイエンティストと呼ばれる金融工学の専門家らにより,数多く組成され,世界中で販売された商品です。日本においても,仕組債の販売は,1998年のいわゆる金融ビッグバンで解禁され,金融機関が,収益拡大を目指して仕組債販売業務を拡大していきました。仕組債の出始めのころは,商品の仕組みは単純でしたが,だんだんと複雑化していきました。販売対象も,当初は法人が中心でしたが,だんだんと個人へも売られるようになりました。学校法人や宗教法人にも広く販売されました。
仕組債に関する「中の人」の話
アメリカのモルガン・スタンレー証券において仕組債などのデリバティブ商品の組成・販売に携わり,現在,サンディエゴ大学の教授を務めるフランク・パートノイという教授がいます。言わば,仕組債に関しては証券会社の「中の人」ということになります。同教授は,著書(『FIASCO: Blood In the Water on Wall Street』,邦題『大破局 デリバティブという「怪物」にカモられる日本』)の中で,
- 一般の債券を購入するのと同じ認識で仕組債を購入することは誤りで,それは仕組債の何たるかを理解していない行動である
- 仕組債を一般の債券としか理解できない顧客は証券会社にとって格好のカモである
- 仕組債は,一見平凡な説明資料によって顧客の目からデリバティブ取引を巧妙に隠してしまう,証券会社にとって素晴らしい商品である
- 証券会社が,自己の利益を優先し顧客の損害を無視して,仕組債を組成・設計して売り込んでいる
- 仕組債を販売するために,説明資料に「デリバティブ」という言葉をあえて用いず,商品のリスクを隠して顧客を欺くことに腐心している
など,仕組債をめぐる実情を暴露しています。
どのような商品があるのか
仕組債には多くの商品があります。リーマンショック前に販売された商品は,軒並みリーマンショックで顧客に損失を与える結果となりましたが,リーマンショック後,現在も,仕組債の販売は継続されているようです。仕組債の種類を分類するとすれば,
- (1)外国為替に連動する仕組債
- (2)株価指数等に連動する仕組債
- (3)個別銘柄の株価に連動する仕組債
の3つに分類できます。
(1)外国為替に連動する仕組債
米ドル為替,豪ドル為替の上がり下がりによって利金や償還金が決定される商品が多いように思いますが,償還期間が20年とか30年という内容になっています。円高が進行すると,ほとんど利金が出なくなり,その状態で20年ないし30年後まで保有しなければなりません。1通貨に連動するのではなく,米ドルと豪ドル,米ドルとユーロというように,2通貨に連動する商品もあります。2通貨になることで,商品は格段に複雑化・ハイリスク化します。
仕組債も「箱」は債券ですので,価格(時価)があり,償還まで待たずに中途で売却することが可能です。しかし,2通貨になることで,「為替が大きく変動しているのに時価が全く変動しない現象」「為替が同水準であるのに時価が変動している現象」「為替の下落率以上に時価が下落する現象」などが起こるようになります。特に,3点目が一番問題で,某大手証券会社が発行した2通貨の為替推移と時価の推移を分析したところ,豪ドルが約3割ちょっと下落し,ユーロが約2割ちょっと下落しただけであるにもかかわらず,時価が5割以上も下落した例がありました。このように,2通貨になることで,仕組債の価格変動リスクが格段に高まります。
また,外資系証券会社が販売していた仕組債の中には,円とブラジルレアルの為替に連動する商品や,米ドルとブラジルレアルに連動する商品もありました。米ドルとブラジルレアルの為替について知識を持っている顧客はいるのでしょうか。
(2)株価指数等に連動する仕組債
日経平均株価の上がり下がりによって利金や償還金が決定される商品が多いですが,マザーズ指数や,穀物指数に連動する商品もあります。償還期間は5年程度と長くはありません。しかし,期間中,日経平均株価が一定よりも下に一度でも下がると(「ノックイン」といいます),その下落幅の2倍で償還の金額が減る内容になっているため,リーマンショックにより,大きな損失を被る結果となりました。
(3)個別銘柄の株価に連動する仕組債
EB債と呼ばれる商品です。当初は1銘柄に連動する商品もありましたが,近時は,2銘柄に連動する商品,3銘柄に連動する商品(トリオ債)がほとんどです。対象銘柄の株価の一つでも一定水準より下がると,現金ではなく,株価が低い方の株式で償還される内容になっているため,やはり,リーマンショックにより,大きな損失を被る結果となりました。
当事務所ができること
仕組債は企業などの事業法人のみならず,個人から学校法人や宗教法人にまで手広く販売されました。販売手法も,1本あたりの金額の大きいものを幾つか販売する手法もあれば,1000万円未満の多種多様の仕組債を次々に販売し乗換えをさせる回転売買のような手法もあります(驚くことに,仕組債についても,回転売買が行われている例があります。)。
また,まずは銀行が為替デリバティブ契約を締結させ,それにより得られた外貨を原資として,系列証券会社が外貨建て仕組債を販売し,この結果,為替デリバティブでも仕組債でも損失を被るという「合わせ技」のような販売手法も多く見られます(某メガバンクがよく用いた手法です。)。
当事務所には,仕組債をめぐる多くの紛争の中で得てきた先端的な経験と知識の蓄積があります。また,証券会社各社が販売した多くの仕組債を分析したことにより得られたノウハウや相場観もあります。仕組債で損失を被っている場合には,ご相談ください。
最近の仕組債の問題点(2020年12月更新)
仕組債については,変わらず,多くの相談を受けています。
今年(2020年)に入ってから,100個以上の商品を検討・分析してきましたが,その商品,その取引内容には,以前には見られない特徴があると感じます。その特徴は,
(1) 商品がますます複雑になっている
(2) 回転売買が行われている
(3) 投資経験に乏しい人にもどんどん勧誘されるようになっている
という3つです。
(1) 商品がますます複雑になっている
外国為替に連動する仕組債は,以前は,1つの外国為替に連動する商品がほとんどでした。しかし,最近(2010年以降)の商品は,2種類の新興国通貨の為替に連動し,2つのうち不利な方のレートで償還される,という商品が増えてきました(例えば,ブラジルレアルとトルコリラの組み合わせなど)。
株価指数等に連動する仕組債についても,同じことがいえます。以前は1つの株価指数に連動する商品がほとんどでしたが,最近は,2種類の株価指数に連動し、2つのうち不利な方のレートで償還される,という商品も増えてきました(例えば,日経平均株価とユーロストックス50の組み合わせなど)。
さらには,外国為替と株価指数を組み合わせた仕組債も多く見るようになりました(例えば,日経平均株価とブラジルレアルの組み合わせなど)。
仕組債の更なる複雑化は,個別銘柄の株価に連動する仕組債(いわゆる「EB債」)についてもいえます。仕組債の出始めのころは,対象の株式は1銘柄でした。それが,2銘柄になり,その後は3銘柄(いわゆる「トリオ債」)となりました。しかし,これだけではとどまらず,最近は,4銘柄の仕組債が販売されています。対象の銘柄のうち1つでもノックインすれば損失が発生し得るわけなので,対象が増えれば増えるほどリスクは増大します。
(2) 回転売買が行われている
仕組債の回転売買は,以前は,ほとんど目にしませんでした。過去,私が目にしたことがある仕組債の回転売買の事例は,「約2年間に10個の仕組債を次々と購入させた」という事例でした。
しかし,最近は,「約9年間で20個以上の仕組債を次々と購入させた」とか「約5年間で25個以上の仕組債を次々と購入させた」など,過去の事案を遙かに遙かに上回るような回転売買の事例を目にするようになりました。大手の証券会社や,銀行が,このような取引を勧誘しているようです。販売する側の「タガが外れてしまった」という印象を受けます。
(3) 投資経験に乏しい人にもどんどん勧誘されるようになっている
仕組債は,裁判例でも「株式や投資信託との類似性もない,新規性・独自性の顕著な金融商品であ(る)」と評価される商品です。しかし,最近は,以前にも増して,どう考えても仕組債を理解できないと思われる人にまで仕組債が販売されている,という印象を受けます。「銀行に老後資金を預金していたら,銀行員から系列の証券会社の職員を紹介され,そのまま銀行・証券会社の『合体技』の勧誘を受け,老後資産だった数千万円で仕組債を買わされた」という事例など,ますます理解に苦しむ事案が多くなってきているように感じます。ここでも,販売する側の「タガが外れてしまった」という印象を受けます。
ようやく規制が強化されるようですが・・・(2022年9月更新)
(1) 商品が更に複雑・ハイリスクになっている
もうこれ以上,複雑でハイリスクな仕組債は出てこないかなと思っていましたが,そんなことはありませんでした。
最近,よく目にするのは「外国株のEB債」です。これまでは,国内株の株価に連動する仕組債ばかりでしたが,最近は,米国株の株価に連動する仕組債が多くなってきました。
それだけならいいのですが,中には,年利が20%~30%などという「とんでもない」商品まで現れました。今のところ,最高利率は32%です。初めて見たときは,非常に驚きました(EB債は,対象の株価が基準を超えていると高率だが,その基準を下回ると低率になる,という商品です。通常は,低率の場合は,1%を下回るのですが,この商品は,低率の場合ですら7%もの利率でした。二重に驚きました。)。
いうまでもなく,この超低金利の時代に,利率が20%~30%ということは,当然,その分,リスクも高められているということです。価格変動の激しい銘柄が選定されたり,ノックインの基準の株価が高められたりと,ノックインして元本割れする確率が高められているわけです(そして,その結果なのか,今年の米国株の急落で,7割・8割も損失が発生しています。)。
(2) 「IFAがめちゃくちゃやってる」
IFA(Independent Financial Advisor)とは,「独立系フィナンシャルアドバイザー」のことで,特定の金融機関に属さず金融商品取引を仲介する個人・法人のことです。要するに,これまでは証券会社に所属する職員が顧客に対し金融商品の勧誘・仲介を行ってきたものが,証券会社には所属しない仲介業者が,金融商品の勧誘・仲介を行う,という構図です。

(出典:金融庁ホームページ)
IFA業者は,「中立的な立場から資産形成のアドバイスを行います」「お客様に寄り添う資産運用のパートナー」という美辞を並べています。もちろん,きちんとやっているIFA業者もいるのでしょう。
しかし,私は,「IFAがめちゃくちゃやってる」と感じています(感嘆の意味も込めて敢えて砕けた表現で書きました。正確には「IFAがめちゃくちゃなことをやっている」です。)。
上記の,極めてハイリスク・ハイリターンの米国株の仕組債を売っているのは,ほとんどがIFA業者です(一部,準大手の証券会社もありましたが。)。しかも,少しだけ売るわけではなく,一点集中で,同じ商品を数億円分も買わせている事案もありました。
確かに,証券会社から独立していて,ノルマもなく,ニーズに応じてフットワーク軽く機敏に動けるのでしょう。しかし,証券会社から独立しているということは,独立採算で,自ら売上げをあげなければ,会社を維持できない,ということです。IFA業者は,社内成績や歩合給に影響があるノルマなどとは比べものにならないほどの「売らなければ」という動機を持っているのではないでしょうか(推測です)。だから,これまで,大手証券会社でもやらなかったような,20%,30%の利率などという極めてハイリスク・ハイリターンの仕組債をバンバン売っているのではないでしょうか(推測です)。
最近になって,IFA業者が仲介した事案の相談を次々と受けるようになりました。金融商品取引法には,IFAが顧客に損害を与えた場合には,相当の注意と損害発生防止に努めていたような場合を除いては,その取引を委託していた証券会社も損害賠償しなければならない,という規定があります(金商法66条の24)。この条項に基づいて,IFA業者と,その先の証券会社を訴えることになる紛争が増えそうだな,と感じています。
(3) 規制強化の先には何が待っているのか
金融庁は,2022年5月に公表した「資産運用業高度化プログレスレポート2022」の中で,EB債を,
「EB債の購入者は(中略)個人投資家が一般的な債券のリスクとして抱くイメージとは大きく異なるリスクを引き受けることとなる」
「EB債のリターンはリスクに見合うほど高いとは言えない」
「株式に代えてEB債を購入する意義はほとんどない」
「取扱金融機関(販売会社もしくは組成会社)側から見ると短期間で収益を上げやすいため,償還済み顧客に繰り返し販売する回転売買類似の行動に対する誘因が働きやすい商品性となっている」
と痛烈に批判しています。要するに,金融機関が簡単に手数料収益を得られるだけで,顧客にとって何ら経済合理性がないEB債が,顧客が本当のリスクを理解しないままに販売されている,という指摘です。金融庁自らがここまで痛烈に批判するのは,それほどまでにEB債は問題のある商品ということです。
更に,金融庁は,2022年8月に公表した「令和4事務年度証券モニタリング基本方針」の中で,仕組債について,
「仕組債の販売においては,真に顧客ニーズを反映したとは認められない販売状況が見られ,その中には,金融商品仲介業者や他の金融機関への業務委託を通じて販売されている事例も認められた」
大手証券会社グループにおいてすら「仕組債のように複雑なリスク構造を持つ商品の販売勧誘に係る苦情が見られる」
準大手証券,地域証券会社においても「仕組債販売において,より複雑化した商品の販売や販売勧誘に係る苦情が寄せられている」
と指摘し,モニタリングを強化していくことを表明しました(上記「金融商品仲介業者」とは,上記(2)で「めちゃくちゃやってる」と批判したIFA業者のことです。)。
そして,以上の状況を反映してか,日本経済新聞には,ここ最近,
「金融庁,外債リスクを点検 高リスク商品販売も監視」
「仕組み債,投資初心者は販売対象外 日証協がルール強化」
「地銀も仕組み債停止,千葉や横浜など 背景に金融庁方針」
「みずほ・三井住友『仕組み債』販売制限 顧客の損失懸念」
「仕組み債,なぜメガバンクや地銀が販売停止?」
との報道が続き,規制が強化されると共に,大手金融機関でも仕組債の販売を取り止める会社が出てきました。「ようやく」とか「今ごろ」という言葉が頭に浮かびますが,ともあれ,これまでのような,「投資経験皆無の高齢者に数千万円の仕組債を販売する」とか「元本保証の安心な商品であると誤解させたまま販売する」というようなことが行われなくなる(と期待できる)ことは,とても良いことです。また,既に,過去,損害を被ってしまい,これから被害回復に進む方々にも,追い風となります。
ただ,他方で,「本当に事はこれで終わるのだろうか」という疑念もあります。ただ単に,証券会社に代わって,上記(2)のように,IFA業者が「めちゃくちゃやる」という形態になるだけではないか,という強い懸念があります。
引き続き,以上のような時代の移り変わりを眺めつつ,引き続き,損害の回復へ向けて取り組んでいきます。